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なんだなんだ、そうだったのか

娘が発達障害だった、と思ったら私もでした!人生半ばで気づいたよ。まったく新しく見える世界を、観察していきます。

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【Aquarian】

水瓶座なのです。

 

あー星座占い。そういうの無理、って人は今回は飛ばしてください(笑)

 

あと今日は気分で「です、ます」調にします!

 

娘が生まれて一年後くらいかなあ?育児があまりの地獄で、何かしてないと死ぬ、と思って手を出したものの一つが西洋占星術。結局一年間スクールに通ってまで習いました。

まあここでは触れませんが、この世界めっちゃくちゃ面白いです。占星術はスピでもなんでもなく、何千年もかけて仮説とデータと実際の検証を繰り返し編んで集大成となったひとつの壮大な世界観なので、この体系を習得してそれで世界や自分を読み解く、というのは、とにかくものすごい面白いです。

発達障害診断と同じで、自分も、理解不能と思っていた他者も、理解して楽になる強力なツールともなります。

 

で、私は占星術で出生図というのを読むとけっこう特徴的な要素がいろいろあって、まずはとにかく水瓶座が強いです。「水瓶座が強い?それどゆこと?」というのはとりあえずスルーしてください。要は水瓶座の持っている性質というのがあって、私の持っている天体の地図みたいなものを見ると、その性質がやたら強烈だということです。

 

水瓶座のキーワードは、自由、平等、博愛、理想主義、ニュートラル、中性的、虚無的、あたりです。確かに、自分でもざっくりこういう感じのニンゲンだなあ、と思います。

 

今回記事を書こうと思ったきっかけは、昨日あった一場面。家族で外出から帰る電車の中で、迷い込んでしまった蛾だか蝶だかがふらふらと床に近いところを飛んでいました。座席に座った人たちの足の間を通るので、皆一様に嫌そうな顔で払いのけていました。このまま電車にいたら間違いなくすぐに死んでしまうので、私は近くに飛んできたときに手でつぶさないように包んで、次の駅でホームへ降ろしました。ホームだって誰かに踏まれてしまうかもしれないけど、少なくとも電車に閉じ込められているよりは、生き延びる可能性が少しだけ増えます。

 

私は昔から、死にかけたり弱ったりしている小さな生き物を見かけると、手を出さずにはいられなくなります。と、いう話をすると、「優しい~」と言われることがあるけれど、これは、優しいとかいうことじゃないのです。そもそも「優しい」って言葉自体に私は非常に引っ掛かりがあって、簡単には使わないのですが。

この感覚は、おそらく仏教で説くところの「生きとし生けるものはすべて仏性があり、『私』『ほかの者』などの区別はなく、皆つながっているのだ」ということだと思うのです。「ただ、自動的にそう感じる」としか言えません。

 

 小さい生き物でも、ヒトでも、命の重さ(このワードも微妙ですが)は同じです。気持ち悪いからといって虫をつぶして命を奪う権利があるとは自分は思えない。同様に、同じヒトでも権力のある・なしや、身分、属性、能力、といったことで生きてる価値に差があると考えるのはわからんなあ、と思います。

 

私は人のカタチをしたお人形は昔も今もダメなのですが、動物のぬいぐるみは好きでした。小さいころ、大量にあるぬいぐるみと毎晩一緒に寝るのですが、同じ子とばかり寝ると不公平になるので、表を作って平等になるように順番に寝ていました。

 

「公平」という基準が、私の中では優先順位が上にくるようです。

 

以前、こちらの記事のなかでも少し触れたのですが↓

marumushix.hatenablog.com

 私はそもそもどんな属性に対しても「帰属意識」が薄くて、自己のイメージがはっきり輪郭を持たないのです。基本、虚無といってもいいです。世界の輪郭も自分の輪郭もぼんやりとしていて、個人という囲まれた自我を意識するには常に周りのものとの相対的な位置をはかって、そこから浮かび上がった場所や形や性質のイメージで、「自分」を作って保っている感じです。

 

これも以前書いたのですが、私は何かにとてもはまりやすいです。

marumushix.hatenablog.com

その瞬間の熱量はすごいんですが、これはなにか衝動の対象を求めているということで、いわゆる「報酬系」に関わる欲求だと思います。

ただ、自分の内から自然にわき起こる欲望はあまりありません。獅子座で、「この世界は俺の舞台。俺が主役なので世界中が敵になっても俺が正しい」みたいに考えられる夫とは正反対です。

(ちなみに、この次から次へ関心対象が湧いてホッピングするのは、占星術的にいうと、水瓶座ではなく私の持っている双子座の要素から来ていると思われます)

 

嫉妬もよくわからないし、女の子のグループとか友達を独占したいとかもよくわからない。

つまり、おおざっぱに言えば、あまり個別の対象に固執しないんだと思います。固執しないということは、すわなち絡みついたりしないのでめんどくさくはないけど、特別待遇もケアもしないので大概は「クール」「冷たい」という印象を与えることになるようです。

 

最近、久々に相当はまった『アルドノア・ゼロ』というアニメがあります。

この中に出てくる主人公の一人に、やたら全方向に異能者なスーパーボーイなんだけど、感情の起伏を表さず淡々としていて、身もフタもない物言いをするいなほくんという男子高校生がいます。このキャラクターは2ちゃんねるとか方々で「こいつアスペだろ」と書かれてました。

私は、このいなほくんに非常にシンパシーを覚え、自分と重ねあわせて観ていました。彼の目線が、よくわかるからです。でも、一般的には彼は「アスペ」(世の中でこの言葉が揶揄する形容詞として使われてるところの)で、何考えてるかわからなくて、KYで、感情がない、という印象のようです。

彼の設定を調べてみたら、2月7日生まれの水瓶座でした^^

 

私は占星術を習ったときに、自分のこの淡々飄々とした、もしくは「ツメタイ」感じは水瓶座の性質が強いからか!と膝を打つ思いでしたが、この間アスペルガーと診断されたときにも、いろいろと「あー私のこの感じは、だからかあ~」と思ったのでした。

で、「この感じ」はいろいろ広いわけですが、水瓶座的である、ということと、アスペルガーである、ということの中身が、かなり重なる気がします。

 

いなほくんは人の社会の基本をなしているともいえる、「世間的な、絡まったもろもろ」に動じません。最終的に遠くに見える理想の前には、手前にある人間的な営みに向ける視線はとても冷めています。それは普通、「冷たい」「感情がない」と言われてしまうのだと思うのですが、これってアスペルガーの人が「感情がない」「人の心がわからない」と言われる感じと、とてもよく似ているなあと思うのです。

 

感情は、もちろんあって、そのシステムと表し方が違うだけ。

 

ちょっと、自己弁護、というか自分の「変わってる」あり方を、肯定したくなったのかもしれません。

 

占星術では、生まれた瞬間にそこにあった天体の配置を「出生図」と呼んで、それをもとに性質や、宿命的なものまで読むのですが、いろんな人のデータを実際に見ていくと、びっくりするくらい呼応関係があります。雑誌に出てくる「何座の人の今日の運勢は…」というのは、雑誌にコンテンツとして載せられるだけの量の情報(=ゼロに等しいくらい極小)を商品化したものに過ぎないです。

 

私は運命論者でもないし宿命も天命も世界観としては採用していませんが、宇宙の法則というものは当たり前にただそこにあって、自分はその中の一部である、と考えると安らぎます。

 

宇宙や地球の歴史のほんの見えない一瞬の瞬きにも満たないニンゲン社会のルールは、きっと試行錯誤が始まったばかりの、後から見たらきっとぐちゃぐちゃの拙いシロモノです。その愚かさと愛おしさは、ヒトのヒトたる所以そのものなのでしょうが、同時に水瓶族でアスペルガーの私は永劫の時間によこたわる宇宙の法則に、親しみを抱くのです。