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なんだなんだ、そうだったのか

娘が発達障害だった、と思ったら私もでした!人生半ばで気づいたよ。まったく新しく見える世界を、観察していきます。

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【娘の発達障害に気づいてから、約一年たちました】

今日は、二か月ぶりに市の教育相談室でのカウンセリングでした。

 

娘のことで、初めて教育相談室を訪ねたのは昨年の九月なので、だいたい一年になります。

夏休み中の個別面談で担任の先生に娘の特性と苦手なこと、でも本人は努力していること、を伝えたこともあり、最近の娘は学校で注意されることも減って、特に大きな問題はなくやっています。また、今月から大学の発達臨床センターで、同じようなタイプのお子さんたちとのグループ療育にも参加し始めて、こちらでもきっとこれからいろいろ学ぶことができるだろうと思います。

そういうわけで、今日のカウンセリングは特に大きな相談ごとがあるわけではなく、行くのを迷ったくらいでした。

 

でも、相談を始めた当初からこれまでの変化とか、今の学校での様子、友達との関わり、家での私との関係などについて話をしているうちに、この一年での娘と自分の変化を、改めて実感することができました。

 

相談させていただいている心理士さんの言うには、「おかあさんの顔つきが、全然最初と違いますよね」、と。

最初は、表情に怒りがにじみ出ていて、ああ、怒りを出したいんだなあ、と思ったそうです。それが、娘の特性がわかって、加えて自分自身の「研究」をし出してから、だんだんと状況を受け入れることができるようになったのでは、と言ってもらいました。また、最初のうちは私が娘の行動をすべて思い通りにコントロールしたがっていることが見て取れた、と。これは今だから話してくれたのだと思います。

 

確かに、思い返すと当時はどうにも自分の怒りが制御できず、娘といると常に一触即発の状態でピリピリして、疲弊しきっていました。実際に毎日のようにとんでもない追い詰め方をしていたし、このままでは私が娘の人格を破壊してしまう、と思って、藁をもすがる気持ちで相談室に駆け込んだのでした。

 

その頃から比べると、格段に状況は改善しています。もちろん娘が朝シャキッとおきられるようになったり、忘れ物をしなくなったり、朝の支度がスムーズにできるようになったりしたわけではありません。今でも私は基本怒りっぽいし、度を超えてキレてしまうことも時々あります。それでも、前のように「どうしてこうなるのかわからない」というところはクリアしています。また、感情が振り切れてしまっても時間がたてば収まることをどこかでわかっているし、「これは娘の問題じゃない、自分の自他境界線のあいまいさとコントロール衝動が主な原因だ」ということも自覚があるので、後になれば消化できるようになってきたのだと思います。

 

 ツイッターで交流させていただいている、発達障害のあるお子さんのおかあさんたちはみなさん常にいろいろ勉強して工夫して、お子さんのことに真剣に向き合っていて、私は面倒くさがりだし飽きっぽいし、自分が第一だから子どものためにそこまで自分のエネルギーを割けないなあ、情けないなあ、と思っていましたが、ぼんやりしてて何もできていない、と思いながらも一年たって振り返ってみると、その変化の大きさに驚きます。

 

ぱっと見にはわかりにくいけれど、それだけ、ずいぶん歩いてきたんだ、ということがわかって、今日はとても感慨深かったです。