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なんだなんだ、そうだったのか

娘が発達障害だった、と思ったら私もでした!人生半ばで気づいたよ。まったく新しく見える世界を、観察していきます。

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【異文化への興味】

当時はもちろんなぜだか全然わからなかったのだけれど、とにかく思春期も青年期も生きにくかった。みんなと同調するのがしんどかった。

 

大学時代〜20代前半は、精神的にかなり底だったのだけど(詳細は省く)、私は大学の半ばくらいから異文化への興味が大きくなり、一人旅にでかけたり留学生の友達と過ごしたりする時間が、いちばん自由で風通しがよく、縮こまった心が大らかに広がって行くように感じられた。

 

生まれて初めての海外旅行は、大学3年のときのミクロネシアへの3週間の旅。沖縄、台湾、そしてミクロネシアポリネシアまでの南島文化を研究するゼミに入って、その影響で行ったのだった。当時のヤップ、トラック、ポンペイといった島々は、女性が腰みのだけで歩いていたり、夜には電気も水道もなかったり、空港もヤシの木で葺いた掘建て小屋みたいだったり。

(やはりいつも孤高というか一人でいることが多かったドライな友人と二人で行ったので、いわゆる女友達どうしで行くぺったりした旅行ではなかった。)

 

八重山諸島にもいっとき夢中になり、一人旅も含め何回も足を運んだ。

 

南の島々で出会った人や自然や街の風景は驚きに満ちていて、新しいものと出会う経験は細胞のひとつひとつを生き返らせるみたいだった。

そうした異文化の地は、私にとって厳密にいうと「旅行先」ではなく何かもっと切迫した内的な乾きから「行かざるを得ない」という感じで、帰りの飛行機では帰ってからの日常に空虚さしか見いだせず、もぬけの殻になっていたものだった。

 

その後、国際先住民年というのがあり、ネイティブアメリカンやアイヌアボリジニといった世界の先住民の権利回復運動みたいなものに一時関わって行くのだけど、これがいろいろあって自分的に挫折して、その後がっつりと数年間、鬱に苦しむことになる。

 

鬱の話は割愛。

 

就職後、1年でやはり鬱のためギブアップとなり、私は約1年の自宅での廃人生活の後、単身渡米して、3年間学生生活を送った。

そのへんの経緯もとても長くなるので割愛!

 

今回したかったのは、「私は異文化に惹かれる人間である」という話。

 

考えたらそもそもなぜか昔から英語の勉強は好きで、わからないことは大きなストレスではあったけど、それ以上になんだか知らない世界への鍵を手にしているみたいでわくわくした。中高一貫の女子校はミッションスクールでネイティブの先生の授業も多く、英語には自然に親しんでいた。

 

外国の人と話をするとき、あるいは沖縄でも海外でもいいけど異文化の地に行くと、私はいつも大きな開放感を覚える。

誰でも多かれ少なかれそうかもしれないけれど、私にとっての「今いるところでの閉塞感」と「違う広い世界を知りたい」という気持ちは当時のっぴきならないくらいに大きくて、私は大学を出て勤め始めたとき完全に窒息し、「このままでは精神的に死ぬ」というところまで追い詰められて、結局逃げるようにしてアメリカ行きを決めた。

 

アメリカでの生活は、実際上はもちろん大変なことはたくさんあったけれど、それでもやはり日本にいたときより、気持ちの面では断然自由でリラックスしていた。どうしてだろうとこれまでも随分考えたけれど、一番はやっぱり、他人の間では認識が違うことが前提、ということが楽だったのだろう。

日本人は特に、いろんなことを共通認識として持っていて、「こうあるもの」「こう感じるもの」「こう考えるもの」 、というのが決まっている。で、アスペルガーの私にはそれが生来には備わっていないので、私にとってはその「社会的な共通認識」は、後付けで身につけなければいけない、学習の対象だった。

 

それがアメリカでは、「相手が何考えてるかは分からない。分かりたかったらコミュニケーションを取って、言葉で説明して、分かり合うしかない。」が当たり前。

つまり、感覚的に持っていなければならない共通スタンダードというものはなくて、個別の相手との間で言葉による伝え合いをして、暫定的共通認識を形作る、というやり方で良かった。

それは、行間を読んだり空気を読んだり、表現されていないことを推測することが苦手な私には、向いているコミュニケーション方法だったのだろうと思う。

日本語で話すときの私と英語で話すときの私は、ずいぶんとキャラが違う。英語で話すときのほうが、はっきりものを言えるし、シンプルで正直なやりとりが出来るように思う。

 

アメリカに限らず、私は異文化と出会うことが好きだけれど、それは「未知の価値観を対象として観察したり研究したりする」のが楽しいから。自分がいるこの場所でも、実際は人知れずそうやって「わからないから観察、研究」してきたのだけれど、自分の属する社会の文化は自然に身に付いていて当たり前ということになっている。でも外の文化については、思い切り「知らないのでベンキョウしまーす!」ができる。

 

こうして書いていて、だいぶくっきりしてきた。「知っていて当たり前」「同じ感覚を共有していて当たり前」というプレッシャーが、つまりは一番の負荷なんだろうな。

 

しかし怒濤の結婚→出産→育児(→アスペルガー発覚!)のこの10年以上、ほとんど異文化となんて触れ合っていない…。

そろそろまた、そういう欲求が出てきているなあ。

一人外国旅とかしたい!英語ももう一回もうちょっとやりたい。

あ、夫や子どもはものすごい異文化とも言えるが、それはまた別の問題。